現代語の来し方行く末

現代語の来し方行く末

2021年07月09日

T・Nです。大谷翔平選手の“目覚ましい”活躍を励みにしつつ、編集と営業の二刀流?で業務に勤しんでおります。

さて、次年度1学年の新教育課程移行に伴い、高等学校の先生方からも「これほど大がかりな改編(改変)は初めてだ」「(施行初年度となる)来年の新1年生担当者は負担が大きいのではないか」といった声が漏れ聞こえてきます。
特に、新科目である「言語文化」の枠組みの中で、古典文学と近代文学とを連続的・複合的に指導する、従来あまり見られなかった授業実践も増えると予想されます。指導要領「言語文化」内容(2)にある、

エ 時間の経過…による文字や言葉の変化について理解を深め,古典の言葉と現代の言葉とのつながりについて理解すること。
オ 言文一致体や和漢混交文など歴史的な文体の変化について理解を深めること。

といった文言にも見られるように、近代の言語的変遷に焦点を置いた指導実践も、今後増えていくのではないでしょうか。

そこで今回は、某府某所で研究に励んでいる“先生”と、学生である“K”による対話の形式をとりながら、現在用いられている言葉と文語との関連や変遷の過程について概観してみたいと思います。
教科の枠を超えた内容ですが、入試では話題にされる可能性もありますので、話題の端緒としてご活用いただきますと幸いです(拙稿ですが、しばしお付き合いください)。


先生:近代の知識人たちは、西洋の概念を日本語として取り入れる際に、諸外国のようにphilosophyやdemocracyを外国語の綴りで表記することを潔しとしなかった。
「哲学」や「民主主義」あるいは「デモクラシー」など、漢字やカナの表記に置き換え、自国語の中に取り入れてしまった。こうした言語的慣習が、先進文化の急速な摂取につながったと言われているんだ。

K:それは、高校時代に歴史総合の授業でも習いました。豊かな表記体系の基盤の上に、外国の概念をそのまま日本語として摂取し、国内にも広く普及させることができたんですよね。

先生:そうだね。だから、英語やフランス語、ドイツ語などを読めない階層でも、日本語としてこれらの概念を共有することができたんだ。現代の日本語表記の一例をもとに考えてみよう。

 

 私はそのフランソワ・ヴィヨンという題と夫の名前を見つめているうちに、なぜだかわかりませんけれども、とてもつらい涙がわいて出て、ポスターが霞んで見えなくなりました。
 (太宰治「ヴィヨンの妻」)

藤岡博士の言語学の講義は、その朗々たる音吐とグロテスクな諧謔とを聞くだけでも、存在の権利のあるものだった。
(芥川龍之介「あの頃の自分の事」)

 

ここには、漢字、平仮名、カタカナなど、複数の表記体系が用いられている。固有名詞がカナになり、抽象語が漢字となることで、日本語の枠組みの中で、国内外のあらゆる事柄を表現できる。

K:こうした多様な表記体系が、日本語の豊かさにつながっているんですね。そういえば、「自由」という語は、もともと「奔放」「勝手に」という意味で用いられる語だった。
けれども、明治時代の思想家である中村正直が、ヨーロッパの「On Liberty」という書物の表題を「自由之理」と訳したことで、現在用いられている「自由」の意味が定着したと聞きました。

先生:その通りだね。例えば、鎌倉幕府崩壊後の建武新政の時代、京都の町中に風刺として掲示されたと言われる「二条河原の落書」には、「自由出家」(=勝手に出家すること)という文言がある。自由という語には、このように、本来日本語としてはネガティブな意味しか帯びていなかった。
でも、こうした既存の日本語に、未知の西洋語であるlibertyの訳語を当てた。こうして「自由」という語には、「勝手に」という意味以外に、「liberty」=いわゆる政治的・思想的な意味での自由という、今日用いられる普遍的な意味が与えられたんだ。
つまり、日本には存在しない概念を、日本語として存在していた表記を借りることで、表現できてしまった。こうした文字体系による造語力の豊かさが、急速な近代化への基盤を築くことになるんだ。

K:こうして見ると、日本語の歴史のなかで、日本語の表記体系を維持しながら西洋概念を摂取したことは、一つの大きな転換期だったんですね。

先生:そうかもしれない。源流を辿れば、古代中国の書籍をそのまま自国語として摂取してしまった「漢文訓読」という大発明から、地続きの文化的習慣とも言えるだろう。
日本語の表記体系の枠組みの中で、外国の語彙が流入し、自国語として定着していくんだ。今日の言語文化の豊かさは、複雑な歴史的系譜と、長きにわたる試行錯誤の上に築かれた日本語の表記の豊かさがもたらしたというのも過言ではない。
日本語表記の枠組みの中に、先人の知的営みの痕跡が残されているというわけだね。

K:現在使われている言葉は、先人の知的な創意と工夫の賜物なんですね。大切に守り継いでいかなければと、決意を新たにしたところです。
…そういえば、この大学の近くに「歴史と文化を、明日に伝えるために」、創意と工夫を凝らした国語教材を刊行する出版社があることはよくご存じと思います。ここでのやりとりは、同社のHPに掲載されるみたいですよ。

先生:…唐突なメタ発言は“目覚ましい”ぞ、K君。

 

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